抹茶っていつからあるの?抹茶の歴史を覗いてみよう


抹茶といえば、今ではペットボトルのお茶はもちろん、お菓子やケーキ、アイスクリームなどなど、様々な食品に使われていることはご存知の通りだと思います。
まず、抹茶を含めた「茶」は私たち日本人の暮らしと切っても切れないもの。誰もが毎日何らかの形で茶の味に接していると言ってもいいでしょう。
今回は、抹茶にスポットを当ててお茶の歴史を覗いてみようと思います。

◆まず、「抹茶」はどんなお茶なのか
抹茶は緑茶の一種、原料は碾茶(てんちゃ)で、よしずと藁を使って直射日光を遮り被覆栽培します。直射日光を遮ることで茶葉は薄くなり、うま味やコクが増していきます。
若茶を丁寧に摘み、その日のうちに蒸して乾燥させます。乾燥後は扶養物を取り除き、葉の部分だけを茶臼を使って粉末にしていきます。
また、抹茶は大きく分けると「濃茶」と「薄茶」の2種類あります。
◇濃茶(こいちゃ)
  濃茶は「おこい」とも呼ばれます。
  濃茶を作るのは、樹齢が30年以上のもので、多くは70~80年または100年以上の古
  木の若葉の芽先を使います。日光の遮断率を高め、柔らかく熟した若芽だけを原料に
します。
 ◇薄茶(うすちゃ)
  薄茶は「おうす」とも呼ばれます。
  濃茶の栽培方法に比べて覆いも簡単になり、ややタンニンも多いようです。
原料に使われるチャノキも、樹齢が3年から15~6年くらいの若木の新芽が使われます。

◆それでは、お茶の歴史を覗いてみよう
➀お茶の起源は何と紀元前
 お茶の起源には諸説ありますが、紀元前、雲南省西南地域で初めて茶樹が発見されたと
いう説が有力のようです。歴史上、最初に茶が登場するのは、農業と漢方の祖・神農が、
野茶とお茶の葉を食べていたという逸話から、その当時のお茶は今のように飲むのでは
なく、葉は食べるもので薬として用いられていたようです。

➁いつからお茶は飲まれ始めたのか
 嗜好品としてお茶が飲まれるようになったのは、中国の漢の時代という説があります。
 漢の時代(紀元前1世紀)の医学書「神農本草経」には、「茶味苦、飲之使人益思、少臥、軽身、明目」の記述があり、このころからお茶はよく知られていたようです。
また、四川の王褒(おうほう)が記した、主人と奴隷との間で交される契約文「僮約(どうやく)」の中に、「武陽で茶を買う」と記述があり、そのことから当時すでに飲茶の習慣や売買も行われていたことがうかがえます。
➂日本にいつ抹茶が伝わったのか
 日本に初めて抹茶を伝えたのは、最澄らの遣唐使だと考えられており、「日本後記」には、815年に「嵯峨天皇に大僧都永忠が、近江の梵釈寺において茶を煎じて奉った」と記されています。まだこの頃の茶は非常に貴重で、僧侶や貴族など一部の限られた人々だけが口にできるものでした。遣唐使が廃止された以降も天皇、貴族などの間で飲茶の習慣が定着していきました。

➃茶道の発展
 茶の湯の初期の作法は、将軍 足利義政の治世時代に広まり、その後、有名な千利休らによって完成されます。千利休は、1587年に豊臣秀吉が開催した北野大茶会の茶道役を務めるなど、その名声と権威を誇っていました。
 また、その生涯を通じて、草庵茶室に象徴される贅沢と無駄をそぎ落とした侘茶を完成させ、多くの弟子を育て、茶道の発展に尽くしました。

➄煎茶の誕生
 現在の様な、急須でお茶を入れる文化が日本にもたらされたのは、江戸時代初期。
 1654年、中国・福建省から渡来した隠元禅師が「淹茶法」を伝え、その手間をかけず簡単にお茶を飲める方法は急速に広まっていきました。この頃の茶は、緑ではなく茶褐色でした。


抹茶をはじめお茶は、今では日々簡単に接することができると思います。
ここでは、歴史について見てきましたが、お茶は侘び寂びの精神を重んじる日本の文化的背景の形成に大きな役割を果たしてき大切な飲み物です。
そんなお茶ですが、現在では日本から世界各国へと輸出されるようになっているのです。